届けたい思い
原作:桜野みねね先生 文:赤丸ジュン


暖かい春風が吹きぬけ、空一面に青空が広がっている。

――気持ちが良くて欠伸が出そうになるような清々しい日だった。

太助とシャオは、七梨家でいつもの様に生活を共にしている。

もちろん……ルーアン・キリュウ・フェイも一緒に暮らしているのは言うまでもないだろう。

「太助様……『今日はなんの日か』覚えていますか?」

突然シャオは、暖かな雰囲気を出しながらソファーに座っている太助に近づいた。

太助はその行動に、びくっと反応し、自分の中の恋心が燃え上がってきてしまう。

この気持ちは太助自身、どうしても抑えられない感情だった。

「何、シャオ?」

 顔を引きつらせたまま、短く彼女の名を口にする。

どうやら太助はシャオの暖かな雰囲気に飲み込まれてしまって、シャオが何を言ったのか聞こえていなかったらしい。

シャオはもちろんキョトン顔――ポケポケしている。

「あの……『今日はなんの日か』覚えていますか?」

戸惑いながらも口を動かす。

「へ?あ、えっと今日。クリスマスだっけ?」

「……今は春ですよ?」

「春……そうか!!ひなまつりだった――かなぁ?」

「たしかに春に近いですが、それは三月にやる物じゃないですか?」

「ははぁ。そ、そうか……」

   さらに顔を引きつらせる。

「太助様?大丈夫ですか?」

「いや、まぁ、山野辺ぐらい元気ではないということは確かだな」

シャオの前だから焦ってしまい、苦笑いしかできなく、答えが見出せない。

どうしても思い出せない……頭の奥底でうねり声を上げて叫んでいる。

いったい、『今日はなんの日』なんだ――そう、太助にも聞こえてきたような気がした。

太助の目の前には、シャオの嬉しそうに太助の答えを待っている顔がある。

もし答えられなかったら、絶対にまずいと太助は感じた。

「なぁシャオ。その答え待ってくれないか?」

「ええ。太助様がそうしたいのなら良いですけど……」

「じゃ俺、ちょっと出かけてくるよ」

そう言って、若き少年は走り去っていった。

たった一人の少女を家に残して、ただ走り去っていった。

家に取り残された少女、シャオは、とりあえずソファーに寄りかかったまま、星神の一人である、離珠を召喚した。

(シャオしゃま。どうしたんでしか?)

お人形のような体と小さな顔の離珠がテーブルに立って、シャオのほうを見上げる。

「うん離珠。あのね、翔子さんが太助様に「今日の日が何なのかを教えるな」って言ってたの?」

(……たすけしゃまに?なんででしか?)

「それも言っちゃ駄目なの……翔子さんが「誰にも教えるな」って言ってたから。もちろん、太助様にも」

(今日はクリスマスでしよ!)

「まぁ、太助様と同じこと言ってる。違うわよ離珠」

(ああん、もう!離珠、混乱でし!)

小さい頭を傾げながら、太助と同じように気難しい顔をする。

庭に植えてある花の影が少し動き、それと共に時間が動く。

暖かい光がシャオと離珠を包み込み、部屋全体がオレンジ色になった。

考え事をしていた離珠は、その光の眩しさに目を瞑り、眩しそうに手で光をさえぎる。

やがて光が消えると、シャオは窓の外を見つめ、何かを考えながらくすりと微笑を浮かべた。

頭の中で太助のことを考えているのだろうか……本当に嬉しそうだった。

(太助様……気づいてくれると嬉しいなぁ)

 そんな表情をシャオが浮かべていると、ドアの片隅で、怪しい影とほんのわずかな物音が聞こえた。

だが、シャオたちは気づかなかった。


太助はシャオの嬉しそうな顔を思い浮かべながら、『今日がなんの日か』精一杯考えた。

どうしても思い出せなくて、苦しくて溜まらない気持ちだった。

シャオの期待に答えられず、あの場から逃げることしかできなかった自分が――嫌になる。

嬉しそうに笑うシャオ……いったい、なんで嬉しそうに笑っているんだよ。

 太助は息を荒くさせ、膝に手を付いて立ち止まった。

心臓の鼓動が全身に伝わってきて、苦しさが大きく増す。

疲れ……いや、それより、分からない気持ちでいるほうがずっと辛かった。

 太助はゆっくり歩きながら、呼吸を整え、近くの小さな公園を見つけて入る。

そこにある赤いベンチに座り込み、下を向いたままさらに頭を悩ました。

「まだ考えてるの?」

聞き覚えのある声が太助の頭上から聞こえてきた。

顔を上げた時に立っていたのは、七梨家にいるはずのフェイだった。

「なんだよ……俺になんかようか?」

「どうやら、まだ考えてるんだね。『今日はなんの日なのか』ということを」

 フンっと笑い飛ばし、馬鹿にしたように目を細めるのだが、太助はフェイを怒らなかった。

自分が気づいてないから言われても仕方がないと思ったのかもしれない。

「分からない…………なぁ、フェイ!頼む、知ってるなら教えてくれ!」

 その言葉は必死だった――がフェイは「駄目だよ」と裏切った。

「どうしてだ!なんで――っ!」

「今、教えちゃうと、シャオと太助のためにならないんだ」

「俺のために?」

「そう――シャオは、太助に『今日なんの日か』を思い出して欲しいんだ」

「…………」

返事を返すことができなかった。

今のフェイに返す言葉を選ぶより、そのフェイの言葉を考えるほうが先決だった。

「ま、一から考えることだね」

 そう言い放って、フェイはその場から消えた。

太助は、いつフェイがいなくなったのか知らないまま、考えに浸っていた。

フェイの『一から考える』……それを実行しているのである。

「一から……シャオと出会って、今まで暮らしている――あっ!」

分かった――頭の中の霞が消え、太助は走り出した。

さっきよりも速く、不思議と息が荒くなかった。

早く、一秒でもシャオに会って、この気持ちを伝えたい。

シャオの顔が頭に浮かび、さらに速く走るペースを上げ、家の前に辿り着き、大きな音を立ててドアを開けた。

「シャオ!!わかったよ!!」

「え!?太助様!!」

ソファーから立ち上がり、玄関の方へ足を運ばせる。

「……分かったんだ」

今まで気づかなかった荒い息が、ここに来て初めて太助に降りかかった。

さっきのように膝に手を付きながら地面を眺める。

「大丈夫ですか!!太助様!!今お水を!!」

シャオが水を取りに行こうとした瞬間――

「良いんだ!シャオ!」

 シャオの肩を右手で確りと掴み、シャオの顔を自分の顔のほうに向けた。

「太助様!お水は!」

「『今日何の日か』――それは俺たちが始めて出会った大切な日だよな」

疲れた表情の中のほんの僅かな真顔を太助は作り出し、シャオに暖かく接した。

  刹那……シャオの気持ちが移り変わり、心の中に暖かい気持ちが広がっていく。

太助の心にも同様に暖かさが広がっていった。 本当に暖かくて甘かった。

「――太助様。覚えてくれてたのですか?」

にっこりと笑い、太助は首を横に振る。

「覚えていたっていうのは嘘になるけど、考えて初めて気づいたんだ」

「……ねぇ、太助様」

 一呼吸つき、気持ちを整える。

「嬉しくなってくれました?翔子さんがこうすれば太助様が嬉しくなるって言ってくださったんですよ」

やはり、山野辺がからんでいたのか。でも……

「……うん。嬉しかった」

自分の気持ちはどんな形にしても嬉しいと言う気持ちでしかなかった。

「私も嬉しかったです。あっ!そうだ!太助様お料理ができているんですよ」

「わぁホント?」

「はい。今日のために作ったんです」

「何二人でやってるのよ!」

 昼寝中のルーアンがシャオと太助の声に起こされて上から降りてきた。

「ちょっとシャオリン!私が寝てる間にたー様と何かやったでしょ!」

 どうやら怒りをなしているらしい。

「ルーアン!飯できてるぞ」

 太助がシャオのフォローに入る。

「えぇ!わぁ!そうだ。ルーアンお腹ぺこぺこだったんだ」

 可愛く笑って、乱暴な眠りの姫は満腹求め、本能のままに台所へ走った。

「さ、太助様も食べますよ」

「うん」

そう笑いながら、ゆっくりと歩いていった。

「良かったね。太助」

「おうフェイじゃん!」

 庭の方から威勢の良い女の声が響いてきて、すぐに翔子だとフェイは分かった。

ここで人の家に勝手に入って良いのかということを突っ込みたかったのだが、

フェイはあえて突っ込まず無言で翔子を見る。

「太助とシャオのラブラブシーンは終わったよ」

「あちゃぁ〜。見そこねた」

 頭に手を当てて、本当に悔しそうな顔をする。

翔子の目的は、完全にラブラブシーンだったようだ。

「しかし、フェイ。なんでお前が私の作戦、知ってんだ?」

「だって……心読めるし」

「あ、そっか」

 そう――フェイは心が読めるからシャオが考えていることが読めたので、

『今日なんの日か』がすぐに頭の中に入ってきたというわけである。

ちなみに今翔子がラブラブシーン狙いでここに来たということもフェイには読めている。

「まぁ、良かったんじゃない?」

翔子の言葉に呆れた顔を見せるフェイであったが、「……そうだな」と小声で呟いた。


  「太助様。美味しいですか?」

「うん。うまいなぁこれ――」

太助は精一杯の笑顔でシャオの手料理を頬張る。

その笑顔にシャオは、暖かい気持ちを宿しながら微笑み返した。

その行為は春の暖かさと共に、二人の心はほんのちょっぴり通じ合えたのかもしれない。




あとがき

皆さん初めまして、知っている方はお久しぶりです。赤丸ジュンです。

『届けたい思い』はどうでしたか?面白いと思ってもらえば嬉しいのですが。

では、小説は小説らしく、あとがきも確りと述べさせてもらいます。

この物語は、大まかにまとめてしまうと、

ご主人様に大事な日を思い出してほしいという乙女心がテーマであり、

それにご主人様が悩み苦しんで初めて彼女に伝えることができるというストーリーでした。

まぁ、そのために翔子作戦隊長やフェイ様というサポータをつけた感じなのですが……(よく分からんな)

そして、離珠先生をシャオの相談役にしました。

そして、このストーリーで一番かわいそうだったキャラが、ルーアン女王なのです!!

――ルーアン。役が少なくてごめんなさい。

おまけに、こんな描写をしました。

『可愛く笑うと、乱暴な眠りの姫は満腹求め、本能のままに台所へ走った』

ルーアンファンにはどうすれば良いのでしょうか……殺されかけますね。

あと、キリュウを残念ながら出せませんでした。

今度書くときは出したいと思います。

あ!時間が――ではでは、また書く機会はありましたら、小説の中で会いましょう。

                                 赤丸ジュン



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